職場のパワハラを見て見ぬふりしてしまう - 同罪かと悩む人ができること
パワハラを見て見ぬふりした自分は同罪なのか
朝の打ち合わせで、課長がまた同じ人を名指しで責めた。資料の数字が 1 か所違っていただけなのに、全員の前で「何年やってるんだ」「やる気がないなら来なくていい」と続く。あなたは手元の画面から目を上げず、終わるのを待った。席に戻ったその人の背中を見ながら、何も言えなかった自分が加害の側に回ったような気がして、帰りの電車でも頭から離れない。
見て見ぬふりをしたことと、責めた本人がしたことは、重さが違います。言葉を投げつけたのは課長で、あなたではありません。ただ、黙っていた時間が何の意味も持たないわけでもありません。周りの誰も反応しない場面は、言動をした人にとって「この程度なら許される」という手応えになり、受けた人にとっては「誰も味方がいない」という孤立になります。罪悪感が湧くのは、あなたがこの構造に気づいているからで、感覚が鈍っていない証拠でもあります。
誰かが言うだろう、自分が言っても変わらない、言えば次は自分が狙われる。この 3 つの迷いが同時に頭をよぎって体が固まるのは、性格の弱さというより、傍観者効果と呼ばれる、集団の中の人に起こりうる反応の 1 つです。
そのうえで考えたいのは、責任の有無より、ここから何ができるかです。職場のパワハラは、労働施策総合推進法 31 条で、優越的な関係を背景にした言動で、業務上必要かつ相当な範囲を超え、働く人の就業環境を害するもの、という形で、事業主が相談に応じる体制の整備などの措置を講じて防ぐべき対象とされています。同じ条文の第 2 項は、相談した人だけでなく、会社が相談に対応する時に協力して事実を述べた人についても、それを理由に解雇その他の不利益な扱いをしてはならないと定めています。
声をかける / 記録する / 相談する / 何もしないをどう選ぶか
どれが正しいかは一律に決まらず、自分の立場と、動いた時に次の標的になる不安の強さで変わります。
| 立場 | 次の標的になる不安が弱い時 | 次の標的になる不安が強い時 |
|---|---|---|
| 同僚 (同じ上司の下) | その日のうちに本人へ声をかける。場面を記録し、本人が望めば一緒に社内の窓口へ行く | 声かけは人目のない所で短く。記録は自分の手元だけに残し、相談は本人の意思を聞いてから |
| 後輩 / 若手 | 本人に「見ていました」と伝え、記録を渡せるようにしておく。相談は信頼できる別部署の先輩を通す | 表立って動かず記録だけ続ける。自分の不調が出てきたら、自分の相談として外の窓口を使う |
| 管理職 / 先輩格 | その場で話を区切る。後で言動をした人と 1 対 1 で話し、人事や窓口に事実を伝える | 自分より上の人が加害している時は、記録をそろえて人事か社内の窓口へ。一人で正面からぶつからない |
表の右の列は、逃げの選択ではありません。動けば職場に居づらくなる、評価で報復されるかもしれない、という不安は現実の重さを持っています。安全を確保しながら続けられる動きのほうが、一度だけ大きく動いて孤立するより、受けた人の支えとして長く続くこともあります。
同僚として見ていた場合
同じ上司の下にいる同僚は、受けた人と立場が近いぶん、一言の重みが大きい存在です。一方で、自分も同じ上司から評価される立場なので、表で抗議するのは負担が大きくなります。最初の一手は、目立たない形の声かけと、記録の 2 つで十分です。相談に進むかどうかは、受けた本人の意思が先です。本人が望まないのに勝手に窓口へ持ち込むと、本人が「大ごとにされた」と感じて、かえって職場で動きにくくなることがあります。
後輩や若手として見ていた場合
年次の浅い人が先輩や上司のパワハラを止めるのは、ほとんど現実的ではありません。この立場で無理をする必要はありません。できるのは、見たことを手元に記録しておくことと、受けた人に味方がいると伝えることです。自分が毎日その場面を見て消耗しているなら、それ自体が相談してよい理由になります。
管理職や先輩格として見ていた場合
部下や後輩がいる立場の人には、見て見ぬふりの重さが一段変わります。会議の場で「その話は後で個別に」と区切るだけでも、その場の流れを止められます。言動をした人が同格か部下なら、後で 1 対 1 で事実を伝えます。相手が自分より上の場合は、自分だけで止めようとせず、記録をそろえて人事や社内の窓口に伝えるほうが、自分の身も守れます。
何もしない、を選ぶ日があってもかまいません。ただし「今日は動かない」と「ずっと見ない」は別物です。今は動かないと決めた日も、何があったかを自分の手元に残しておくと、後で動けるようになった時の材料になります。
被害を受けた人にかける一言と、かけないほうがよい言葉
声をかける時に一番伝えたいのは、「あなたがおかしいのではない」ということです。パワハラを受け続けるうちに、自分の仕事が本当に悪かったのではないかと考え始める人もいます。周りの一言は、その考えを止める支えになり得ます。場所は人目のない所、時間は短く、内容は相手の受け止め方を尊重するものにします。
| かけたい言葉 | 避けたい言葉 | 避けたい理由 |
|---|---|---|
| さっきのは、言い方がおかしかったと思います | 気にしないほうがいいですよ | 受けた傷を小さく扱われたように聞こえる |
| 見ていました。何かあれば話を聞きます | 早く人事に言ったほうがいい | 動くかどうかを決めるのは本人で、急かすと追い詰める |
| あの場で何も言えなくて、すみませんでした | あの人は誰にでもああだから | 言動を当たり前のものとして固めてしまう |
| 見たことは書き留めてあります。必要なら使ってください | あなたも少し言い返せば | 受けた側に原因と対処を背負わせる |
その場で黙っていたことを詫びると、自分の罪悪感を相手に預けるようで気が引ける、と感じる人もいるでしょう。言い添えるなら短く 1 回だけにし、すぐに相手の話を聞く側へ戻ります。謝罪のあとに長々と自分の事情を説明すると、受けた人が慰める側に回ってしまいます。
声をかけた時の反応はさまざまです。泣き出す人もいれば、「大丈夫です」と笑って流す人もいます。流されたとしても、一言が届いていないとは限りません。押し返されたら深追いせず、「何かあればいつでも」と扉だけ開けておけば足ります。メールや社内チャットで送ると記録として残り、言動をした人の目に触れるおそれもあるので、最初は口頭か、私的な連絡手段のほうが安全です。
証人になる時、目撃した場面をどう記録するのか
パワハラの相談で、会社や外部の窓口が事実を確かめる時、居合わせた人の具体的な証言は重みを持ちます。受けた本人の話だけでは「受け取り方の問題」と片付けられかけた場面でも、第三者の記録があると、言動そのものに目が向きやすくなります。被害を受けた本人が証拠を残す手順は「職場ハラスメントに遭ったら - 証拠の残し方と自分を守るための具体的ステップ」にまとめてあるので、ここでは目撃した人が残す記録に絞ります。
| 書く項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| 日時と場所 | 何月何日の何時ごろ、第 2 会議室の定例の打ち合わせで |
| 言動の字面 | 「何年やってるんだ」「やる気がないなら来なくていい」と、声を荒らげて言った |
| 前後の流れ | 資料の数字の誤り 1 か所を指摘したあと、5 分ほど続いた |
| 居合わせた人 | 課の 6 人が同席。名前は自分の控えにだけ書く |
| 受けた人の様子 | うつむいて返事をせず、会議の後しばらく席を外していた |
| 自分が見た範囲 | 直接見聞きしたのか、後から人に聞いたのかを分けて書く |
大事なのは、評価や推測を混ぜず、見聞きした事実をその日のうちに書くことです。「ひどかった」「いじめだと思う」より、「全員の前で名指しで言った」のほうが、後で読んだ第三者に伝わります。時間がたつと記憶は自分の感情に合わせて形を変えるので、短くても当日の記録のほうが価値があります。
書く場所は、会社の端末や社内のチャットではなく、私物の手帳やスマートフォンのメモ、私用のメールアドレス宛てのメールにします。記録の置き場所や録音の扱いの詳しい所は、上で挙げた記事の証拠保全の節にあります。
記録をどう使うかを決めるのは、受けた本人です。「書き留めてあるので、相談する時は使ってください」と伝え、本人が相談に踏み出した時に、聞き取りに応じて事実を話す。証人の役割は、まずそこまでです。冒頭で触れた第 2 項が定めているように、会社が相談に対応する場で事実を述べたことを理由にした不利益な扱いは、法律で禁じられています。それでも不安が残る時は、自分自身の立場について外の窓口に相談しておくと、動く前に足場を固められます。
何もできなかった罪悪感をどう扱うか
見て見ぬふりをした後に残る罪悪感には、2 つの顔があります。1 つは、次の場面で動くための燃料になる罪悪感です。もう 1 つは、自分を責める言葉が頭の中で繰り返され、眠りや食欲まで削っていく罪悪感です。前者は抱えていてよいもので、後者は手放す工夫が要ります。
正しいと分かっている行動を立場のせいで取れなかった苦しさは、モラルディストレスと呼ばれ、どの職場でも起こりえます。動けなかったのは、あなた一人の欠陥ではなく、声を上げた人が不利になりうる職場の仕組みも絡んでいます。そう捉え直すと、責める先が自分だけに向かなくなることがあります。
| 頭の中の言葉 | 置き換える問い |
|---|---|
| あの場で止めなかった自分は最低だ | あの時の自分に、本当に止められる立場と余裕があったか |
| 今さら声をかけても遅い | 受けた人は、今もまだ一人で抱えていないか |
| 自分も同じことをしているのと変わらない | 言動をした人と自分とで、選べた行動の幅は同じだったか |
| もう二度と黙らないと誓わないといけない | 同じ場面が来た時に、自分が実際に取れる一手は何か |
今から取り戻せることは、思っているより残っています。数日や数週間たってからでも、「あの時のこと、ずっと気になっていました」と声をかけるのは遅くありません。覚えている範囲で場面を記録しておくこともできます。受けた人が異動や退職をした後でも、相談や手続きの場で証言が役に立つ場面はあります。
一方で、見ていること自体が自分を削っている場合もあります。同じ部屋で毎日のように怒声を聞いていると、胸がざわつく、出勤前に体が重くなる、といった反応が出ても不思議はありません。それは自分の不調として扱ってよいものです。職場の人間関係が心身にこたえる理由を知っておくと、自分の反応を責めずに受け止めやすくなります。
同じ場面に出会う前に用意しておく一手
その場で体が固まるのは、何を言えばよいかを決めていないからでもあります。次の機会に備えて、自分の立場で無理なく言える一言を 1 つだけ決めておくと、動ける幅が少し広がることがあります。会議なら「その件は後で確認しませんか」、廊下なら受けた人に「さっきの、大丈夫でしたか」。言動をした人を正面から否定する言葉でなくてかまいません。場の流れを切る、受けた人を一人にしない、のどちらかができれば十分です。
あわせて、社内で相談できる先を確かめておきます。人事、コンプライアンスの窓口、産業医、別部署の信頼できる上の人。窓口の有無や連絡先は、社内の案内や就業規則で確かめられます。社内に頼れる先が見当たらない時や、社内の窓口そのものが加害者に近い時は、外の窓口を使います。外の窓口には、都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」と、働く人の心の相談先であるこころの耳 (働く人の電話・SNS 相談) があり、どちらも受付時間ありです。夜や休みの日に気持ちが落ち着かない時は、よりそいホットライン (24 時間) につながります。今かけられる先はつながる窓口で探せます。
目の前で殴る、物を投げつける、といった暴力がある時は、職場の中だけで収めようとしないでください。命や体に危険が迫っているなら警察へ、差し迫ってはいないが警察に相談したい時は警察相談専用電話 (#9110) があります。
受けている本人が、いじめに近い扱いを長く受けている場合は、職場でのいじめへの向き合い方を一緒に読める形で伝えるのも一つの方法です。あなたにできるのは、相手の代わりに戦うことではなく、相手が一人ではないと分かる状態を作ることです。
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