自己肯定感を上げようとして苦しくなるとき - 受け入れることとの違い
高めようとするほど苦しい
自己肯定感を高めましょう、という言葉をよく見ます。できたことを数える、小さな成功を積む、自分を褒める。実際に試してみます。
しかし数日で行き詰まります。できたことを書こうとして、書けるものが見つからない。無理に書いても「こんな程度のことしか」と思う。褒めようとして、褒める根拠がないことに気づく。
その結果として残るのは、自己肯定感を高める作業にも失敗したという追加の証拠です。取り組んだ分だけ、自分の評価が下がります。
この行き詰まりは、方法が悪いのではなく、方向が合っていないことから来ています。
評価を上げる道と降ろす道
自分との関係を整える方向には、性質の違う 2 つがあります。
ひとつは、自分の価値を高く評価する方向です。できることを増やし、成果を確認し、自分は有能だと考える。これが自己肯定感を高めるという言葉が指しているものです。
もうひとつは、評価そのものを問題にしない方向です。有能かどうかを判定せずに、今の状態のままで自分を扱う。うまくいかない自分も、そのままで構わないと考える。
前者は評価の目盛りを上に動かす作業、後者は目盛りを見るのをやめる作業です。方向が違うため、必要なものも違います。
ここで重要なのは、前者が機能する条件です。評価を上げる方向は、成果を積める状態にあるときに効きます。逆に、消耗していて成果が出ない時期に評価を上げようとすると、材料がないため失敗します。
できたことを数える方法の限界
「できたことを数える」という手法は広く勧められますが、うまく機能しない条件があります。
ひとつは、比較の基準が高い場合です。他人と比べる癖がある状態では、自分ができたことを書いても「他の人はもっとできている」という判断が同時に走ります。書く行為が比較を呼び出します。
もうひとつは、成果の水準を自分で認められない場合です。「風呂に入れた」「返信できた」を成果として書くと、そんなことを成果とする自分の状態に対する評価が働きます。
この 2 つが起きているとき、記録という手法は逆に働きます。この段階で必要なのは、評価を上げることではなく、評価する行為を止めることです。
受け入れることは諦めではない
評価を降ろす方向は、しばしば諦めや向上心の欠如として誤解されます。しかし内容は違います。
受け入れるという操作は、事実を事実として扱うことです。今は成果が出ていない。以前できたことができない。この状態を、良い悪いの判定なしに認識する。
判定を外すと、そこから何をするかを考えられるようになります。判定が働いていると、まず自分を責める作業が入り、そこで力を使い切ります。
実際に取り組む形としては、次のような言い方の変換が使えます。「こんなこともできない自分はだめだ」を「今はこれができない状態にある」に置き換える。事実の部分だけを残し、評価の部分を落とします。
この変換は、慣れるまで意識的な作業になります。しかし繰り返すと、判定が自動的に入る頻度が下がります。自分に対して厳しくしすぎないための実践は、この変換を体系的に扱っています。
どちらが今の自分に要るか
2 つの方向のどちらを選ぶかは、状態によって決まります。判断の目安を挙げます。
評価を上げる方向が有効なのは、次の状態のときです。生活は回っている。取り組めることがある。自分への評価は低いが、動く力は残っている。この場合、成果を積んで評価を修正する作業が機能します。
評価を降ろす方向が必要なのは、次の状態のときです。生活の維持が難しい。何をしても達成感がない。自分を責める思考が止まらない。この段階では、成果を積む前に判定を止める必要があります。
そして多くの場合、順序があります。まず判定を止め、負荷が下がってから成果を積む。逆の順序で進めようとすると、最初の段階で失敗します。
自己肯定感を高める方法を試して苦しくなった経験があるなら、順序が合っていなかった可能性が高い。方法の失敗ではなく、段階の取り違えです。
他人の評価から離れる順序
どちらの方向を選ぶ場合も、他人の評価との距離が影響します。
自分の価値を他人の評価で決めている状態では、評価が変動するたびに自己評価も動きます。褒められれば上がり、無視されれば下がる。この状態では、どれだけ成果を積んでも安定しません。
離れるための第一歩は、評価の出所を意識することです。今この感覚は、自分の判断か、誰かの言葉か。区別できると、他人の評価を情報として受け取りつつ、自己評価とは別に置けるようになります。
次に、判断の基準を自分の中に作ることです。何を大事にするか、何ができれば十分とするか。この基準があると、他人の評価が届いても自分の側の物差しで測り直せます。
そして、比較の相手を過去の自分に限定することです。他人との比較は情報が非対称で、相手の見えている部分だけと自分の全部を比べる形になります。過去の自分との比較なら、条件が揃います。
自己評価を組み立て直すための手順と合わせて考えると、上げる作業と降ろす作業を場面で使い分けられるようになります。どちらか一方だけが正解ではありません。