創作 / 表現

クリプトムネジア

どこかで受け取った情報を、出典の記憶だけ失ったまま自分の思いつきとして再生してしまう現象。健康な人にごく普通に起こる記憶の取り違えであり、記憶が失われていく病とは別のものである。

思いついたのではなく、思い出していた

クリプトムネジアとは、以前どこかで受け取った情報を、それが自分の外から来たという記憶だけを失ったまま、新しい着想として再生してしまう現象である。記憶そのものは残っている。抜け落ちるのは中身ではなく出所のラベルだ。そのため本人の実感は「盗んだ」ではなく「湧いた」になる。ここが厄介で、ここが救いでもある。

この現象は、記憶の出所を判断する働きの失敗として説明される。マーシャ・ジョンソン、シャヒン・ハシュトルーディ、スティーブン・リンジーが 1993 年に Psychological Bulletin へ発表した論文は、記憶や知識がどこから来たのかを判断する一連の過程を整理し、その働きがつまずいた例としてクリプトムネジアを挙げている。語そのものはさらに古く、心理学者テオドール・フルールノワが 1900 年の著書で、霊媒の語りに現れる出所を失った記憶を指して用いた。

認知症とは別のもの - 混同を解く

この語は記憶に関わるため、記憶が失われていく病と同じ棚に並べて語られることがある。両者は別物だと押さえておきたい。

クリプトムネジア記憶が失われていく病意図的な盗用
何が起きているか中身は残り、出所の記憶が抜ける中身そのものを保てなくなる出所を知りながら隠す
誰に起こるか健康な人に日常的に起こる医療の対象となる状態意思の問題
本人の自覚自分の考えだと信じている思い出せないと自覚することが多いある
扱い方手順で減らす専門家に相談する倫理と責任の問題

健康な人に起こるという点には実験の裏づけがある。アラン・ブラウンとダナ・マーフィーが 1989 年に発表した研究では、参加者が順番に例を出し合ったあとで新しい例を作るよう求められると、3〜9% の割合で他人が出したものを再生したり、他人の案を自分のものとして思い出したりした。相手は記憶に障害のない大学生である。つまりこれは病理ではなく、記憶という仕組みが出所の管理を得意としないという設計上の性質だ。

ただし、物忘れが生活に支障をきたしている、同じ話をくり返す、日付や場所が分からなくなるといった変化が続く場合は、この語の話とは切り離して医療機関に相談したほうがよい。「クリプトムネジアだから大丈夫」という判断材料には使えない。

疑いをかけられた三つの事例

過去の事例は、無自覚であることが免罪符にならないことを示している。ヘレン・ケラーは 11 歳だった 1891 年に『霜の王さま』という物語を書いたが、これがマーガレット・キャンビーの『フロスト・フェアリーズ』と酷似していると指摘され、剽窃の疑いをかけられた。ケラーは元の物語を読んでもらった記憶がないと述べている。彼女はこの一件のあと、物語を書かなくなったと伝えられる。

音楽では 1976 年の判決が知られる。ジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード」が「ヒーズ・ソー・ファイン」の旋律を侵害したとされた裁判で、リチャード・オーウェン判事は、ハリスンが意図的に使ったとは思わないと述べたうえで、無自覚に行われたとしても侵害であることは変わらないと判断した。同じ枠組みは 1994 年の陪審がマイケル・ボルトンの楽曲について侵害を認定し、2000 年に連邦第 9 巡回区控訴裁判所が支持した事例でも維持された。ボルトンは原曲を聴いた覚えがないと主張したが、認定は覆らなかった。いずれも過去に確定した出来事であり、法の運用は国や時代で異なるため、自分の作品の判断を事例だけで決めないこと。

創作する側の実務 - ネタ被り不安との付き合い方

この語を知ると、多くの創作者は逆方向に振れる。自分の思いつきが全部借り物ではないかと疑い、手が止まる。割合は課題の種類によって上下するものの、3〜9% という数字は、裏返せば大半はそうではないという意味でもある。恐れを手順に変換したほうが早い。

第一に、入力の記録を残す。読んだもの、観たもの、聞いた話を日付つきで残しておけば、出所のラベルを記憶に頼らず外部化できる。第二に、着想が降りてきた瞬間ほど疑う。労せず完成形で出てきた案は、作ったのではなく取り出した可能性が相対的に高い。第三に、初稿の段階で検索して確認する。似たものが見つかったら、それは失敗ではなく手順が働いた証拠だ。第四に、作品を出す前に他人の目を一度通す。自分では出所を追えないが、他人は「これ、あれに似ている」と言える。

次の一歩

今つくっている作品について、着想の出どころを一つだけ書き出してみるとよい。書けるものは自分のものとして安心して進められ、書けないものは調べる対象になる。それだけで、疑いは作業に変わる。手が止まっている状態が長く続いているなら、原因が不安ではなく別のところにある場合もある。創作できない状態の解きほぐし方と合わせて読むと、自分がどちらで詰まっているのか見分けやすくなる。

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