メンタル

意思決定

複数の選択肢から一つを選び取る認知プロセス。選択肢が多いほど満足度が上がるという直感に反し、バリー・シュワルツは選択肢の過剰がかえって後悔と不満を増やしうると論じた。

ヒューリスティクスという知恵と罠

ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが 1970 年代に切り拓いたヒューリスティクスとバイアスの研究プログラムは、人間の判断が合理的計算ではなく認知的ショートカットに依存していることを明らかにした。代表性ヒューリスティクスは典型例との類似度で確率を判断させ、利用可能性ヒューリスティクスは思い出しやすい事例に引きずられた判断を生む。これらは日常の大半の場面では十分に機能する「速い思考」だが、統計的推論や長期的リスク評価の場面では系統的な誤りを引き起こす。重要なのは、ヒューリスティクス自体が悪いのではなく、それが不適切な文脈で発動することが問題だという点だ。

選択のパラドックス

スワースモア大学のバリー・シュワルツは、著書『選択のパラドックス』で現代社会の選択過剰がもたらす心理的コストを分析した。コロンビア大学のシーナ・アイエンガーによるジャム実験では、24 種類のジャムを並べた売り場より 6 種類の売り場のほうが購買率が 10 倍高かった。もっともこの選択過負荷の効果は追試で常に再現されたわけではなく、2010 年のメタ分析では平均するとほぼゼロで、品揃えの構成や状況しだいで現れ方が変わる条件つきの現象と考えられている。とはいえ選択肢が増えると比較の負荷が増大し、選んだ後も「別の選択肢のほうがよかったのでは」という反実仮想的後悔が生じやすくなる。シュワルツは人を「最大化者 (maximizer)」と「満足化者 (satisficer)」に分類し、常に最善を求める最大化者ほど選択後の満足度が低いことを示した。

決断疲れのメカニズム

判断や選択を繰り返すと、意思決定の質が徐々に劣化する現象を決断疲れ (decision fatigue) と呼ぶ。2011 年に発表されたダンジガーらの研究は、イスラエルの仮釈放審査のデータを分析し、審理セッションの冒頭では仮釈放が認められる割合が約 65% だったのに対し、セッションの終盤にはほぼ 0% まで低下し、食事休憩をはさむと回復することを報告した。認知資源が枯渇すると、人は現状維持という最も安全な選択に傾くと解釈されたが、案件の並び順がそもそも無作為ではなかったとする交絡の指摘もあり、決定的な証拠とまでは言えない。それでも些末な決定を仕組みで減らす工夫の実践的な価値は広く認められており、オバマ元米大統領が在任中に「グレーか青のスーツしか着ない。決めることの数を減らしたいからだ」と語っていたのはその実例で、毎日同じ服を着ていたスティーブ・ジョブズも同じ文脈の例としてよく引き合いに出される。

直感と熟慮の使い分け

カーネマンのシステム 1 (直感的・自動的処理) とシステム 2 (分析的・意識的処理) の二重過程理論は広く知られているが、直感が常に劣るわけではない。ゲルト・ギーゲレンツァーは、情報が不完全で時間が限られた現実世界では、少数の手がかりに基づく単純なヒューリスティクス (fast-and-frugal heuristics) が複雑な統計モデルを凌駕する場面があることを実証した。たとえば救急医療の現場では、3 つの質問だけで心臓発作のリスクを判定するシンプルな決定木が、多変量回帰分析より正確だった。最善の意思決定戦略は、問題の性質に応じて直感と熟慮を切り替えることにある。

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